,
,
, 蜻てい白蓮図(内海吉堂) あるアメリカ人が尺八道場にやってくる、本人は自分の尺八がそこそこのものだと思っていて、吹いて見せるしかし・・・ 道場の他の人は全く関心をしめしてくれないどころかただひたすらに自分の尺八を吹くだけ。 そのさまを観察していたアメリカ人、そこでなにかに気が付きます、西洋楽譜の様な音符が無いことに、音を出すだけでは無くて、音が消える消え方になにかが有ることに、アメリカ人は気が付いたのです。 それから一人ただ尺八を吹くだけ、友達が誘ってもなにを言われてもただ一人尺八を吹き続けるだけ。 此のお話は、たしか先日12月5日の日曜日に偶然目にしたテレビ番組のひとこまでした、「日本の心」無心になるという言葉をまさに実践しているんだなーと、強く感じました。 修錬つまり鍛錬ともいえるのでしょうか?その結果、「言い様のない味が出るということなんだなー」と思わされました。 私は絵が好きです、本で目にした事ですが、昔ある有名な絵描きさんが、道場に入門すると大変厳しく、筆の運筆を仕込まれたとの事でした、その本によると筆を持ちその手に文鎮を載せて文鎮が落ちない様にして なんべんも、なんべんも運筆の練習をしたものだと言っております。 そんな修錬に裏打ちされてこそ観る人になにかを訴えるものが出来るんだろうなー、と感心したものです。 私は先ほどの尺八の番組を見ながら運筆の修錬と合わせてイメージしておりました。 日本人の心を実践している人たちが今なお居られる事に感慨深いものを感じたのです。
蜻てい白蓮図(内海吉堂) 骨董屋さんの店主から賛をよんでいただきました 「白蓮ぐ咲く、始めて過ごす雨の朝、蜻てい弱し、風を禁ず」と 読んでくれました、私には店主が、まぶしくみえました。 今はどうしていなさるでしょうか?沼垂白山神社前の店の主人の山田さん。 実は此の絵の作者吉堂を私は知りませんでした、とにかく私は此の絵のとりこになってしまったのです。
内海吉堂 1850*−1925明治-大正時代の日本画家。 嘉永(かえい)2年12月3日生まれ。内海椿水の子。四条派の塩川文麟にまなぶ。明治10年清(中国)にわたり,各地の名画旧跡をたずねる。帰国後文人画をえがき,30年京都の日本南画協会の結成にくわわる。大正2年の文展で「江南春靄」が入選。大正14年10月9日死去。77歳。越前(えちぜん)(福井県)出身。名は復。別号に海復。 (デジタル版 日本人名大辞典)より
|