*--後藤直の趣味のブログ--*


2011年10月の日記

耐震補強
, , ,
昨日に引続き耐震補強に付いて御説明いたします。
昨日は柱や筋違いへの金物補強について説明しました。
今日は耐力壁の増設として写真の要領で外壁面に面材による補強の方法です、パナソニック電工のケナボードで耐力壁を構築しました、その上から透湿防水シート(タイペックシート)を張りさらに外壁下地として通気層を確保して外壁を張る準備までしたところです。
此の上に窯業系の外壁材(和風のサイデング)を張り足場を解体して外部工事が完成します。此の様に外壁工事とあわせて耐震補強をお勧め致します。
詳しくは蠍綟9務所にご一報下さい。

2011年10月31日(月)   No.690 (お住まいのワンポイントアドバイス)

耐震補強
, , ,
皆さんのお住まいが昭和56年以前であれば建物の強さが昔の基準で建てられています。
ぜひ耐震診断を受けられる事をお勧めします、詳しくは新潟市役所のホームページをごらん下さい。
写真は耐震補強で柱の頭部や脚部と筋交いを金物で補強をしているところです。
金物は必要な強さを算定してその強さに合わせて補強をします。
この金物が取りつく事で随分と強度が増すものなのです。
外壁改修などの計画がある方は、ぜひそれらの計画と合わせてこの様な耐震補強をご検討下さい。
尚私共蠍綟9務所にご一報下さればその手続についてご相談に乗れますのでいつでもご一報お待ちしております。
2011年10月30日(日)   No.684 (お住まいのワンポイントアドバイス)

自然素材をふんだんに使った建物です。
, , ,
写真は今完成まじかの自然素材をふんだんに使った建物です。
洋室やホール廊下の壁は羽目板張りです、リビングの腰壁は羽目板張りで上の壁は珪藻土仕上げで洋風に仕上げます、又和室の壁も和風で珪藻土で仕上げらます。
私もこんな家に住みたいなーと思います。
2011年10月29日(土)   No.685 (独り言)

越後の「はさ木の風景」
, , ,
写真は「豪農の館」伊藤家の裏庭の駐車場のはさ木です、稲が掛っている時に撮影したかったのですが、遅かったです。
私が子供の頃には西に見える弥彦山を背景にして蒲原平野はまさに「はさ木の風景」でした。
あの景色が懐かしいです。
2011年10月28日(金)   No.686 (散策)

奈良秋景 (仮題)       作者   染谷祐通
,
古都奈良の風景や建築を題材に日本美術院に出品を重ねて来られました、42回院展では奨励賞を受賞しております。

2011年10月27日(木)   No.687 (私設絵画館)

柘榴図       作者仁木伴山

仁木伴山
仁木 伴山(にき はんざん) (1901〜?) 明治34年大阪に生れる。矢野橋村に師事し画 を学ぶ。帝展に入選多数。山水画を能くす。
2011年10月26日(水)   No.688 (私設絵画館)

波月図(仮題)     作者   井口崋秋

井口華秋 いぐち-かしゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説.より貼り付け
1880−1930 明治-昭和時代前期の日本画家。
明治13年3月生まれ。竹内栖鳳(せいほう)にまなぶ。日本絵画協会絵画共進会,内国勧業博覧会,文展などで受賞。大正8年帝展開設に対抗して京都で池田桂仙らと日本自由画壇を結成した。昭和5年7月12日死去。51歳。京都出身。本名は陣三郎。作品に「信楽の郷―朝・夕」など。

2011年10月25日(火)   No.689 (私設絵画館)

秋景色
, ,
今から18年も経ちますでしょうか?旧栃尾市の巻渕地内の下水処理場の仕事にたずさわらせて頂きました。
その現場事務所から正面に見えた景色です
低い山が刈谷田川に顔を突っ込んだ様な処です一番先が岬の様に見えました
左より3枚続で1枚のスケッチです、片付けをしていたら出て来ました、丁度今頃の季節だと思い懐かしさから掲載しました。
2011年10月24日(月)   No.683 (スケッチ)

内面・外面
, , ,
新潟日報の新聞小説「親鸞」(五木寛之著)の一場面です、親鸞とその妻恵信とがいさかいになりました、親鸞が恵信の頬を激しく平手打ちした場面です。
私はこの場面を読んで感じたことは。
実は私も仕事上お客様との会話で結構気を使う立場です、なるべく笑顔を見せる様に努力もしている積りでいます、いわゆる外面です。
親鸞の様に平手打ちこそはしていませんが、ついつい家内に対してストレスから八つ当たりをしてしまいます。
疳癪を起こし言葉でもって家内の気持ちをウント傷つけてしまっていることがたびたびあります、いわゆる内面です。
その度に私は後になってから自己嫌悪に落ちいってしまいます。
私が感じた事は親鸞聖人ほどの人でも人間として、長い人生の中には
自己の感情がコントロールが出来ない事もあった事だろうと五木寛之は言いたかった?なんて空想しています。
身勝手かもしれませんが、自己嫌悪を引きずっている私にとっては、救われたような気持ちなのです。


2011年10月23日(日)   No.682 (独り言)

 「大 地」            渡  辺    徹
, , ,
新潟県庁のホールです、裸婦像{大地」作者は新潟県出身の彫刻家
故渡辺徹さんです。
2011年10月22日(土)   No.680 (私設絵画館)

 新潟県庁のホールに飾ってある絵です
, , ,
朱鷺の絵 (新潟県庁のホールに飾ってある絵です)
作者新潟市出身の日本画家 故長井亮之先生です。

【地域を越えた文化資源】 - 新潟市(Adobe PDF) - htmlで見る より
日本画家。日本美術院特待。1993(平. 成5)年に新潟日報文化賞を受賞するなど. 数多くの展覧会で賞を受け、日本画の巨匠. として知られます。 1997(同9)年に 旧白根市(現南区). にて「長井亮之・千野茂 ふるさと巨匠2. 人展」開催。
2011年10月21日(金)   No.681 (私設絵画館)

犬蓼の花
,
昭和天皇は「雑草なんていう草はないんだ」と言われたと、何かの本で見た事があります。
植物学者でもあられた昭和天皇らしさが印象的です、植物には必ず名前があるとの事でした。
此の花はいわゆる雑草です、犬蓼という名前が付いていますがそのいわれをネットで調べてみました。
蓼はその葉が辛くそれを利用するが、犬蓼は辛みが少なく役にたたないから犬の名前が付いたと説明しているのを見受けました。
私は昔は猫は鼠を捕って役に立つという話はわかりますが、役に立たないものを犬にたとえるということは聞いた事がまだありません、そいう言われが昔からあるのでしょか?興味を感じました。
古代から犬は人間と付き合って来た動物ですので、役に立たない物の仲間に名前を連ねるとは思いませんが?、そのことは大変に気に成り、疑問に思いました。
ひょっとして、他の植物で同じ様に犬の名前が付いて役に立たないものが他にあるのかも知れませんね。
ともあれ、その様に役に立たないとバカにされた意味の犬蓼ですが、今頃は秋の風情を演出して私を楽しませてくれる犬蓼です。
2011年10月20日(木)   No.679 (独り言)

芙蓉の花  
, , ,
この季節には毎年同じ花を掲載してしまいますが、我が家の芙蓉の花です
水しか面倒を見ていませんが咲いて私を喜ばせてくれます。
本当に嬉しいものです、ありがとう!
2011年10月19日(水)   No.678 (独り言)

蓮の実です。
, ,
私は蓮が大好きです、花は美しく香がいいです、葉っぱは水気を撥ねて丸く水玉に成ったのも美しく、風に揺れる蓮の葉や、秋には朽ちかけの葉の風情にうっとりします、朽ちかけが魅力なのです不思議ですね。
実にもまた味があります、此の写真の様にその実が焦げ茶色に朽ちたのもいいですね、勿論実は食べれば何とも言えない香りと味がします。
皆さんは食べた事がありますでしょうか?
冬には蓮の田に氷が張り茎が折れた状景をご紹介した事もありました。
(2010年12月07日)
蓮根もその姿に又味があります切って料理をしたものは見通がいいという事で縁起物とも言えるそうです、勿論食べて良しと私にとっては良い良いずくめの蓮なのです。
2011年10月18日(火)   No.677 (独り言)

里芋のある風景     新潟テルサ水彩画教室にて

里芋のある風景(畑の風景) 
2011年10月17日(月)   No.676 (スケッチ)

会津古街道(津川地内)
, , ,
旧会津街道(津川地内)です。
今年は豪雨があり阿賀野川沿線の磐越西線もやっとのこと昨日復旧したとの事です、本当に久しぶりに国道49号線で津川まで足を運んでみました、豪雨の傷跡は今でも工事中で、片側交互通行の場所もあり途中の景色は痛々しい所もありました。
写真は旧会津街道です、江戸時代に参勤交代で、この街道で江戸へと行き来したとのことです。
2011年10月16日(日)   No.671 (散策)

秋を感じる。

私が時々足を運ぶ蕎麦屋さんの玄関に生けてありました秋の花です。
蕎麦やさんは新潟市秋葉区結地内の「善三郎です」新潟市内では、今はめったに見られないと思います、茅葺の古民家なんですまるで、大正か昭和初期にタイムスリップしたみたいです。
お蕎麦もおいしいですよ、皆さんもぜひどうぞ足を運んでみてはいかがですか?
2011年10月15日(土)   No.675 (独り言)

菊花図               作者 榊 原 始 更
, ,
秋です、此の花の絵を観るのに相応しい季節になりました。
作者は作者榊原始更です、デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説.より。
 1895−1969 大正-昭和時代の日本画家。
明治28年4月30日生まれ。榊原紫峰(しほう)の弟。大正7年国画創作協会展で「風景」が初入選。昭和3年新樹社結成に参加。洋画風の写実から,装飾的な琳派風の作風に転じた。昭和44年10月2日死去。74歳。京都出身。京都市立絵画専門学校(現京都市立芸大)卒。本名は捨三。

             
2011年10月14日(金)   No.670 (私設絵画館)

我が家の小さな庭の小さな秋です。
,
秋海棠
2011年10月13日(木)   No.672 (独り言)

我が家の小さな庭の小さな秋です。

我が家の小さな庭の小さな秋です。
櫨の鉢植え。
2011年10月12日(水)   No.673 (独り言)

我が家の小さな庭の小さな秋です。

我が家の小さな庭の小さな秋です。
大文字草
2011年10月11日(火)   No.674 (独り言)

故 「品 田 平 二 」氏の彫刻総集編です。
,
昨日に引き続き「品 田 平 二 」氏の彫刻総集編です。
夏野菜と果物をまとめて籠に入れました。
2011年10月10日(月)   No.669 (がらくた談議)

夏野菜の籠盛り        作者 品 田 平 二氏

夏野菜の籠に入れました、今年の夏8月16日8月22日にご紹介しました夏野菜です。
「品 田 平 二 氏」の総集編です。
2011年10月09日(日)   No.668 (がらくた談議)

果 物 籠 盛 り         作者 品 田 平 二 氏
, ,
「果 物 籠 盛 り」 です 
木の彫刻、品田平二氏の総まとめ編です。
2011年10月08日(土)   No.667 (がらくた談議)

バナナ          作者  品 田 平 二  氏
,
今日はバナナの彫刻です、品田平二の彫刻のフル−ツです。
2011年10月07日(金)   No.666 (がらくた談議)

青リンゴ     作者     品 田 平 二 氏
, , ,
昨日は無花果、今日は青リンゴです。
2011年10月06日(木)   No.665 (がらくた談議)

無花果            作者   品 田 平 二 氏
, ,
まさに秋真っ盛りです、無花果は木の彫刻なのです、
そうです品田平治氏の作品です。
2009年1月04日に鮭でした、
2010年の12月10日・14日・16日・17日にリンゴや梨でした。
今年の8月16日〜22日には夏野菜をご紹介しましたがその続です、
今回が最後で秋ですので果物を何点かご紹介しましょう。
2011年10月05日(水)   No.664 (がらくた談議)

再登場ブーメラン(法輪)を追っかける青不動明王。 皐月鶴年
,
今日は皐月鶴年シリーズの最後です、今年の1月15日の掲載した不動明王の再登場です。
私は此の絵で鶴年探しが始りました、なかなかユニークで味のある不動明王
だと思います。
2011年10月04日(火)   No.663 (私設絵画館)

松厳絶壁神仙図     作者 皐月鶴年
, ,
松厳絶壁神仙図     作者 皐月鶴年
鉄斎の弟子である鶴年はやはり神仙に対する思いがあっても当然と思います、日本の国土を神仙の国にたとへたものと、私はそう思って観賞しています。
2011年10月03日(月)   No.662 (私設絵画館)

海南菊図            作者  皐月鶴年

昨日に引き続いて皐月鶴年の海南菊図をご紹介します、昨日の絵は
「南蛮陶工」でしたが今日は「海南菊」です南という字が両方共にありますが偶然でしょうか?
菊が「花葉根実皆長生薬也」という文面がありますが、
菊の効能を中国では長生きと関係ある事は昔から言われているみたいです、特別「海南菊」で無くて良いのにと思って此の絵を眺めています。
処で海南菊とは今でもそんな花があるのだろうか?現在はどの菊のことだろう?
むしろ鶴年は「南」という字が書きたかったのでは無かったか、「南」の字が好きなんではないか?なんて妄想しながら、それでもなかなか味のある絵だなと思って観賞しています。
 その後賛の文字を観ていましたら、残念ながら私は字が読めないのですが、最後に「東坡日記」と書いてあります。
そいえばなるほど鶴年の師の鉄斎が東坡を敬愛していたとの事です、皐月鶴年も又そうだったのですね、南の字が書きたかったなんてアホな事考えました、東坡の日記が書きたかったのですね。
2011年10月02日(日)   No.661 (私設絵画館)

南 蛮 陶 工     作者 皐 月 鶴 年          
, , ,
南 蛮 陶 工   作者 「皐月鶴年」です。
まさに変な絵です。
今年の1月15日に「ブーメランを追っかける青不動」  作者(鶴山人梵可) をご紹介しました(青不動明王が空中を走っている絵です)
作者はかなり個性派の人だと思いました、調べてみると作者は皐月鶴年でした。
少し気に掛けていました処「ヤフ―オークション」にて、まさに「鶴年」の此の絵がまくりの状態で出ていたものです。
絵には「南蛮陶工」とありますが、琉球の南蛮陶器というものもあります、あるいは、もっと離れたフイリピンあたりか、又タイとかの南蛮でしょうか?
南蛮とはポルトガルとかスペインの南蛮船でやって来た人たちの国を指しているそうですが、それに積まれて来た物資なども南蛮の物と呼ばれたとのことです。
鶴年は何処の国の陶工をなんの目的で描いたのでしょうか?
つくずくこんな絵を買う人はいないだろーなと思って入札しました、勿論無競争でした。
皐月鶴年
日本画家 。富岡鉄斎に師事する。

2011年10月01日(土)   No.660 (私設絵画館)

No. PASS
 OR AND
スペースで区切って複数指定可能

[Admin]
shiromuku(fs4)DIARY version 3.50